(赤いキャンディー食べちゃった篇)
エマが3日も家を空けたと思ったら、白いスーツに身を包んだ男達が訪ねて来た。
大きなスーツケースを2人がかりで運んできて上がり込み、何食わぬ顔でその巨大な荷物を慎重に置いた。
「エマの…荷物を、お届けに参りました」
流石の三村も開いた口が塞がらない。台詞の間が気になったがそれどころではない。
男たちは左右対称の2つボタンのスーツを身に纏い、プラチナブロンドの長髪をこれまた互いに左右対称の位置で纏めていた。見るからに浮世離れした容貌なので、察するにエマの仕事仲間だろう。
それはそうとして。
「人の家に勝手に上がり込んできて、おまけに荷物ってどういうこと?」
「さあ。私共がお聞きしていましたのは、現在のエマの潜伏先は此処で、此処に届ける荷物があったと云う事だけで御座います」
表情の読めない貌で一人が告げ、もう一人が口元を隠しながら続けた。
「…男を囲っているとは知りませんでしたもので」
気が遠くなる。
「囲っているのはこっちだよ、多分」
何とかそれだけを言うと三村はふらふらと座り込んだ。男達はご丁寧にスーツケースを部屋の中央に移動させ、失礼致しましたと綺麗に揃った会釈をして出て行った。
しんと静まり返った部屋の中央に置かれたスーツケースに慎重に歩み寄る。一体どこで売っているのか、人一人余裕で収まりそうな大きさである。
無闇に開けるのも怖いのでエマに連絡を取ることにした。
『…お掛けになった電話は、現在…』
嘘付け、衛星電話の癖に。
とりあえず隅に移動したかったが、もしも危険物だったらひとたまりもない。どうすることもできず、結局その日はそのまま寝ることにした。
その晩。
地面から響いてくるような鈍い音の連続に三村は目を覚ました。徐々に覚醒してくる意識の中、その音が明らかに幻聴などではないことを確信する。
まるで床の底から誰かが叩いているような。
冗談じゃない、と三村は布団から飛び出した。此処はアパートの2階だが、直下は空き部屋である。誰かって誰だ。誰も居る筈が無いのだ。
じゃあこの音は何だ。
音の出所はリビングだった。
携帯の青い光だけを頼りに足元を照らし、恐る恐る歩いて行く。そうやって辿り着いたリビングで待ち構えていた光景に、三村は今度こそ本格的に気が遠くなるのを感じた。
昼間のスーツケースが中から滅茶目茶に叩かれていた。
出来の悪いホラー映画のようなそのシーンに顔面から血の気が引きながらも、何処か他人事のような視線を持つ自分に気付く。本当に中に人が居るのかもしれないし、そうでないかもしれない。いずれにせよ叩きつけるような音はどう見てもスーツケースの中から響いていて、止む気配は全く無いようだった。
三村は立ち尽くす。
もし…もし仮に本当の人間が入っていたとして、その人間は三村に危害を加えないという保証はあるか。そんなことは考えるまでも無くNOだ。状況的に考えて自分が犯人扱いされるのは明白だ。
そういう訳で三村はそのスーツケースに近寄ることすら嫌になった。駄目元でもう一度エマの携帯に電話をかけてみる。どうせまた出ないんだろう。衛星電話で圏外など無い癖に、ソーラー内臓で充電切れなど起こらない癖に、それでも出ないんだろう。それならそれで友人の家に転がりこんでしまおうかとも考えた。
聞き慣れたエマの携帯の着信音が、スーツケースの中から聞こえてきた。
「……この、馬鹿!」
自身の携帯を握り潰さんばかりの勢いで三村はスーツケースに駆け寄った。エマが携帯を他人に預ける訳が無い。だったらこの中に居るのは一人しか居ない。駆け寄り、もたつく手で急いでスーツケースを開けた。
「エマ!」
重い取っ手を開くと、中には見覚えのある顔をした幼児がぐずぐずと泣いていた。
それまで焦っていた思考が緩やかに停止し、幼児が自力で起き上がって三村に泣きつくまで彼の中の時間は止まった。
コレは何だ。我に返り、三村は静かに泣く幼児の顔をまじまじと見つめた。エマじゃない。しかしふわふわの髪や丸い瞳にその面影があった。彼女の従姉妹のような印象を受ける。だっこ、とぐずるので言われるままに抱きかかえる。
「パパ…」
彼女を見た際に一瞬頭をよぎったがすぐさま打ち消した、そんな最悪の可能性が今現実になろうとしていた。
思わず幼児の顔を見つめる。幼児も鼻を啜りながら見つめ返す。徐々に泣き止んできたようで、再び自分の胸に顔を埋めた幼児はもう一度「パパ」と言った。そしてそのままの体勢で寝てしまった幼児をそうっとベッドに入れるまで、三村は抜け殻のように夢だ夢だと呟いていた。