いやな話

(いつか来る?未来篇)


 俺は昔から子供という存在が嫌いだ。

 五月蝿いし人の話なんて聞きやしない、泣けば何でも押し通ると思っている。自分が非力なのを識っていて、それを逆手に取って庇護の中で踏ん反り返る、これを不快と言わずに何としよう。だが、残念がら、大人になり地に足ついた今、これに賛同してくれる仲間はそう居ない。

 別に向こうが間違ってるともこっちが間違ってるとも思わない、ただただ身の回りの母数が少ない、それだけの話だ。

 そんな俺が「友人の出来婚に招待されてノコノコやって来ています」というのだから、俺にとってその友人とは生来の子供嫌いを推してでも重要な位置付けにあるのだということを察して欲しい。

「おいたん」

 繰り返すが俺は子供が嫌いだ。だが痛めつけたい訳ではない。要するに、距離が取れていれば良いのだ。

「おいたんおうじでしょ」

 だから頼む、誰かこのクソガキを俺から離してくれないか。


 前述の通り結婚式会場なのだが、俺は会場の外で一人持て余していた。幸い、その場には既に酔い潰れた関係者も寝そべっていたので怪しまれることも無い。夜の酒の席には出る気満々だったので、早く夜にならないかとそればかりを思っていた。

 天を仰ぐ。嫌味なくらいの青空で、雲ひとつ無い。良い日で良かった、と誰から背後を歩きながら話している。そうですね畜生め。こちとら新郎とは学生時代からの付き合いだというのに、その半分以下の年数しか過ごしていない女にさらっと出来婚を攫われたのだ。聞いた初めは怒りもしたし、憎みもしたし、自棄酒して、不貞寝して、でも最後には諦めた。最初から何時かこういう日が来るのは分かり切っていたのだ。何より、あいつが幸せそうに笑うもんだから、何も言えなくなった。

 …お察しの通り、俺が友人に抱いているのは「そういう」感情である。

 想い人の出来婚式場に招待される俺の心情は是非想像して欲しい。この遣る瀬無さに性別の差など無い筈だ。無い。有って堪るか。


 さっきから俺に纏わり付く子供は、恐らく式場内で盛り上がる保護者を置いて冒険に出たのだろう。纏められていた柔い長髪は解けかけ、子供特有の汗っかきを額に乗せ、今も元気に俺の周りを跳ね回っている。

「いいのよ、いいのよ。おうじはみぶんをかくすもの」

 どこかのアニメか映画かの台詞だろうか。芝居がかった風に頷くこの子供は、どうやら俺を仮想王子と称してごっこ遊びに巻き込むつもりらしい。もうこれだけで全身が痒い。掻き毟りたくなる。勘弁してくれ。

 こういう時は何を言われても無視するに限る。そうだ寝た振りだ。実際座り込んで俯いているので、本当に寝ていてもおかしくない体勢である。

「ねたふりしてもわかるんだから」

 俺の渾身の演技も虚しく、ガキは俺から離れてくれる気はないようだ。

 諦めて目を開けると、図々しくも俺の真横に座ってきたガキは機嫌良く鼻歌交じりに俺を見回した。

「おうじなにしてるの」という質問に気が遠くなる。

 それは俺自身が一番問いたいことだった。こんな天気の良い日に、ただでさえ帰りたいのに、ただでさえ嫌いな子供に絡まれている。何しに此処に来たんだろう、俺。

 寝転がっていた酔っぱらいがうとうとと起き出した。あまり人には見られたくない光景なので、俺は静かに移動する。当然のように付いて来るガキ。

「わたしはね、ままもぱぱもいそがしいからね、あそんできなさいって」

 俺から会話を引き出すことは諦めたのか、今度は自分から話す方向に切り替えたらしい。どっちにしろ鬱陶しいことには変わりないが、返事をせがまれるよりは勝手に喋り倒してくれる方が幾分かマシな気がした。

「ままね、いつもきれいだけどね、きょうはもっときれいよ。ままがいちばんきれい」

「でもね、ままはぱぱがいるけどね、わたしはいないからどうしようっておもって、さがしてるの」

 親も親だ。まともな神経している親なら普通こんな人の多い所で子供を野放しにするだろうか。

 そんな気持ちを込めてわざとでかい足音を立てて移動する俺。微塵も意に介さず追尾しながら話しかけるガキ。こいつ、もしかして結構図太くないだろうか。

 ちなみに俺はどこに向かっているかというと式場の中だ。友人の式を目の当たりにするのは嫌だが、このままこのガキに付いて回られるのも嫌だ。嫌なことを一つ減らすために会場付近まで来たのだ。流石にここまでくれば子供も親を見つけて離れるだろう。

「ままいた」

 案の定子供は親の元に駈け出した。

 走って跳ねて、子供が行き着いた先は新郎側でも新婦側でもなく、一番前のど真ん中だった。

 何となくそんな気はしていたが、目の当たりにするとやっぱり最悪だった。