(ロリエマさん居候篇)
両親が物を言葉を投げ合っている合間は外に出ていた。
家に居場所が無い子供は、いつかの日のために必死で金銭関係の知識を身に付けていた。いつもの公園で然り気無く声を掛けて来た高校生を一目見て、彼女はあることを決める。
一方何の気なしに声をかけた高校生は彼女に声をかけたことすらいつしか忘れ、そうして時が流れた。
半年後、近隣の富豪夫婦が何者かに殺された。
しかし自分にとっては完全に他人事…そう思っていた矢先、一人暮らしを始めた高校生のアパートの呼び鈴が鳴り響いた。
玄関を開けるとあの時の子供が居た。手には三枚の通帳。黙って見せられた総額は、学生の自分には目が眩む程の額だ。
『こんにちは。この通りお金はありますので私を飼ってください』
子供ははっきりとそう発音した。あの時よりもかなり髪が伸びてうるさそうだった。
「飼…はっ?え、何なんだよおま」
言い切らない内に子供はさっと玄関を閉めた。何をするんだと言ったところ、
『引越し早々、中学生を連れ込む絵面をご近所に晒すのは如何なものかと思いまして』
確かにその通りではある。しかし、何故自分がここに引っ越してきたばかりであることを知っているのか、とか、お前の見た目では小学校高学年がいいところだろう、とか、その他諸々言い返したいことがあった。すると、それが顔に出ていたのか、向こうから勝手に自己紹介を始めた。
『私はエマ。歳は13。外出している間に両親が殺されたのでそのまま逃げて来ました。
あなたのことは一通り調べがついています。この春から大学生であること、一人暮らしであること、交友関係がかなり広くここには頻繁に人が出入りすること、加えてお人好しであること』
すらすらと喋りながら靴を脱ぎ、勝手に部屋に入った子供はカーペットにころんと寝転がった。
「つまり、ここに居候したい訳?」
『そういうことです』
「期間は」
『さあ。目処がつくまで』
「何だそりゃあ」
一挙に驚きすぎて逆に冷静になってきた。エマの近くに腰を下ろすと、彼女は寝転がったままころころと無駄に器用に自分の所まで転がってきた。
『駄目でしょうか』
駄目に決まってる。
が、少し考えてみる。彼女の両親は単に死んだのではなく殺されたと言った。つまりこの娘は件の富豪夫婦の娘だ。ここで自分が断ったり警察に引き渡したりした場合、まず間違いなく施設送りだろう。
児童養護施設は一度入ったら原則18歳まで退所出来ない。ただしその前に里親が見つかった場合は手続きを踏んで出所することが可能。確かそういう規定だったような気がする。
彼女は13歳。つまりあと4年強。これから大学に通うことになる自分が、ここに住む年数もあと4年強。年数としてはきっちり合っている。
「俺が大学を卒業するまで…ってことで良いのかな」
『イエス。でも半分はノー。今通っている中学を卒業したらその後はつてがありますので出て行きます。その後は基本的にそちらに身を寄せますので』
「ふうん…君、家事得意?」
『何でも出来ますよ』
子供は薄く笑った。その笑いが、自分が彼女の術中にまんまと嵌っていることを知らせる笑みだと気づくのに暫くの時間を要した。全く以って可愛くない子供だ。
「判ったよ…少しの間だけね。何かヤバイことに巻き込まれそうになったら容赦なく追い出すから」
『ありがとうございます』
安心したのか、エマはそれまでの冷たい笑みではなくふにゃりと崩れるように笑った。忙しくなりそうだ。