一問答の確信

(しまっちゃうエマさん篇)

 

 日曜日、出掛けるらしい三村を見送る為エマは玄関先まで出て行った。

 偶には一人静かに読書で留守番も悪くない。学業と副業との合間に買っておいた山ほどの積み本があるし、エマにとってその量を一日で消化するのは苦ではない。寧ろ何冊かは二周読みしたいと思っていた。

 三村の読書に関するスタンスはエマと全く逆だ。

 エマが速読派に対して三村は熟読派。エマが二周目に入る頃、途中何度も読み返す三村は漸く物語の佳境に入る。好みも違う。ミステリーやオカルトしか読まないエマに対して、三村は割と様々なジャンルに手を出す。周囲から勧められた物にぽんぽん手を出すのだ。おかげで、彼の友人が遊びに来た時に「ここは図書館にでもするつもりなのか」と言われたことがある。

 そんな調子なので、互いのリズムを尊重して一緒に本を読むことは滅多に無い。幸いにも今日は一日中オフの日、ゆったりとした週末が過ごせそうだ。

 ぽかぽかと暖かい陽気の中、三村は丁度玄関でスニーカーを履いたところだった。

『三村さん、お出かけですか?』

「うん…ちょっと愛也の所に行ってくるよ」

 三村が柔らかい笑顔を浮かべて振り返った。こういう顔をしながら出て行く時は大抵帰りが遅くなる。

「なんか、ご飯奢ってくれるんだって~。珍しいよね」

 長い付き合いの友人というものが皆無なエマにとって、三村とあの男との仲は羨ましかったり憎らしかったりする。勿論顔には出さないが。

『そうですか。思う存分暴利を貪ってきてくださいね』

「あは、ひでえ」

 否定はしないことから本当にそうするつもりなのだろう。悪友、という文字が浮かぶ。

 人の悪い笑みにエマも同じ顔を返しながら見送った。

 

 

 さて…何から読みましょうか

 紅茶とキャンディのセットを一通り揃えた所でチャイムが鳴った。

 

ぴんぽーーーん

 

 聞き慣れた音がゆっくり響く。

 誰?エマは思わず固まる。宅配の予定は無い。かといって三村が押す間隔とも違う。まるで躊躇うようなテンポだ。

 三村さんのお友達?それとも学校の関係者?後者の場合は自分が出ると面倒な事になるかもしれない。

 ドアスコープは取り外してある。ちょっとした小技を使えば、そこから部屋の中を歪むこと無く見渡せることをエマは知っていた。そろりそろりと足音を立てずにドアに近づき、冷たい扉に頬を当てて耳を澄ます。

 人間が一人。息遣いの位置からして背丈はそこまで高くない。

 少なくとも学校の人間ではないだろう。半ば勘ではあったが、この感覚で今日まで死地から逃れてきたのだ。多少読み違えてもその後の二手三手くらいどうとでもなる。

 同じ歩調で少し下がり、遠くから返事をする振りをした。

 

『はーーい』

 

 と、ドアノブを捻った先に立っていた人物は自分と同じ栗色の髪だった。

 自分と同じ位の年齢に見える、幼さが僅かに残る甘い顔。怯えた瞳はこの部屋の家主が出て来るのを期待していたのか、いっぱいに見開かれていた。

「…あっ。ええと、あの」

 これが漫画だったら彼の背後にはガビーン!とかシマッター!とか、そういった太い文字が転がっていただろう。暫くの沈黙を破った先はかなりの早口だった。何とか聞き取る所によると、どうも三村に届け物があったらしい。

 押し付けられるように紙袋を受け取る内に、ある疑問がふつふつと沸いてきた。絶対に此方を見ようとしない瞳は吊り目だし、見るからに華奢な体躯はエマでも力勝ちしそうだ。似通う要素は皆無なのだが、何故か絶対的な自信があった。

『あなた、誰かに似てますねえ』

 もしもこの予想が当たっていたら…と考えて、思わず笑いながら尋ねてしまった。案の定少年は更に萎縮し、もごもごと何とか反応を返す。

「いや、あの、俺もう帰るんで…」

 頼むから関わらないでくれ、と顔にはっきり書いてある。及び腰になってしまった彼の腕を掴むとひっと引き気味の悲鳴が上がる。そうつれない態度を取られると少し寂しい。折角今からティータイムなんだし、少しくらい付き合って貰ったって罰は当たらないだろう。

 だって。

『あなた、弟さんでしょう』

「   う、」

 うわあと大きな声を出した少年はエマの手を振り払った。続けて絞り出した「なんで!?」にエマは確信する。"なんで分かったんだ"―綺麗に予想通りな反応に笑ってしまう。

 自分でも何故そう思ったのか上手く説明出来ない。前述の通り三村とは体格も顔つきも全く違う。強いて言えば髪色が似ているくらいだ。

『当たってるみたいですね…ふふ。そんなに大きな声を出したらご近所迷惑ですよ?』

 面白いことになった。

 ゆったりした休日はまたの機会に取っておこう。もう声になっていない声でぱくぱくと叫ぶ弟君を再び捕獲し、エマはとりあえず部屋の中に入れてみることにした。