(これ確率考えたらとんでもないな篇)
や。何か探しものかな。
俺かい?この辺の大学で先生をやってるんだ。だから子供…いや、学生か。まあいい。何か探してるとか、困ってるとか、何となく放っておけなくて。ごめんね、嫌だったかな。
そっか。小学生?うん、うん、じゃああと数ヶ月だね。でも、この時間に一人は親御さんが心配するんじゃないかな。早く帰った方が良いと思うよ。
…へえ。じゃあ毎日留守番?偉いね。でも、誰も見てない所こそちゃんとしてた方が格好いいと思うな。本当だって。嘘じゃない嘘じゃない。
で、何を探しているの?
………うん、そうか。名前は?マリーっていうんだ。あれ、何か聞いたことあるかも。…ああそうそう、それだ。確かピンクのリボンが付いてる猫だよね。あれと似てるの?へえ。
だったら、この辺を彷徨いていたら目立つよね。
何ヶ月前?…ふうん。そう。あ、いやいや、俺は見たことないよ。本当だって。だったらすぐに言ってるよ。うん、…うん、そっか。
警察とか、保健所はどうだった?…うん?いやいや、そんなこと無いんだよ、それが。寧ろ警察の方が早かったりする時の方が多いんだ。生き物を探すのは意外と得意だよ。なんて言ったって普段人間を探し回ってるんだから。テレビで野生のたぬきを警察が追い回してるところ、見たことない?ね?
保健所もね、すぐ近くのところだけじゃ駄目だよ。四方八方の隣どころには行った方がいいと思うな。本当だって、動物は飼い主が考えている以上に遠くまで行くものだ。
…ちょっとちょっと、泣いたって見つからないんだ。その涙は見つかった時の為に取っておいた方が良い。動物は遠くまで行くし、強いものだよ。嘘なもんか。元々は厳しい山の中で生活してるんだよ?うん、そう。海の生き物以外は大体山に帰る。この近くだったらあれかな。それともあっちかも。もう見たかい?じゃあ見た方が良いかもしれないね。今すぐは…そうだな。麓の住宅街にそれを貼ってみるのはどうだろう?うん、きっとそれが良い。
俺?
いやいや、俺は何も探してないよ。もう見つかってる。…いや、人間。女の子さ。大体想像付くだろう?…ああ、ちょっと待って、流石にそこまでは、ちょっ…と本気で待って。声を小さくしようか。
じゃなくて、それは流石にテレビに見過ぎだって。
丁度君くらいの時に知り合ってね、そこから5年位かな…漸く見つけたんだ。その場で全身の力が抜けた思いだったよ。君だってきっとそうなる。
そうそう、人間の方が遥かに大変なんだよね。なんたって考える頭がたっぷりあるからね。でも人間の場合、移動にはお金がかかる。だから動物みたいにどこにでも自由にって訳には行かないかもね。そのチラシだって、そんなに刷ったんだから結構な金額になったんじゃないの?コンビニ?うそ、ちょっと見てもいいかな……へええ…最近のコンビニって凄いね…。
いや、コンビニにはあまり行かないんだ。ん、それは偏見。お昼は作って貰ってるんだ。夜も早く帰って家のご飯が食べたいし。
うん、そうなんだ。だから会えた時は本当に嬉しくて死んじゃうんじゃないかと思ったよ。ううん、結婚じゃないんだ。でも一緒に住んでる。違う違う、変な調子じゃないって、同棲。同棲ってどんな感じか分かる?そう、いずれはちゃんとするよ。だから真面目なんだ。
さて、引き止めてしまった。
本当に帰った方がいいよ。…そんなことは無い。最近は男の子だって危ないんだ。いいや、君を甘く見ているんじゃあない。本当のことだ。大人の責任でもある。それこそ、ニュースで毎日のようにやってるじゃないか。
うん、うん…そう、本当にその通りだと思う。根気は一番大事だよ。そして一番難しい。だから早めに帰って、ゆっくり休むんだ。そうしたらまた明日から頑張れる。
俺?俺は良いんだよ。研修帰りに飲んでることになっているからね。いやいや、違う違う。浮気なんてありえない。本当に。
ただ、このお店に来てみたかったんだ。彼女がよく来てるから。
いや、それが…はは、お店の人には実はばれちゃったんだ。煙草の匂いだね。ほら、袖口は強いでしょ?それで一発。いやあ女の子は本当に凄い。ほら、あの店員さん。あ、目逸らされた。…ね、凄いと思う。男絡みだと誰だって探偵になれる。女の子にはやばい嘘吐いちゃ駄目だと思うな。…ふふ、俺が言うことじゃないか。そうだね。本当にね…。
だからね、彼女にもこのことは伝えておくよ。
もしかしたら既に見ているかもしれない。人数は多い方が良いだろう?人海戦術ってやつ。…ええとね、人は多いとそれだけ力になるんだ。学校でも多数決ってやるだろう?…いや…これはちょっと違う例えかな…。
ところでこのお店の人にはもう言った?おお、それはいいアイディアだね。お店の人からお客さんに言って貰えるともっと人数が増える。
そうなると今日だけでもう10人以上には広まったんじゃない?俺の彼女も含めて。うん、だったら明日はその倍広がるんじゃないかな。嘘なもんか、学校で聞く噂話だってあっという間に広がるだろう?
会話は凄いよ。伝える行為において言葉に勝てるものは無い。あ、いや、ポスターだって効果的だよ。言葉は消えていくけど、ポスターは場に残るからね。どちらが上っていうことは無い。どちらも大事。
つまり何が言いたいかというと、今日のところは帰りなさい。もう暗くなる。
…ははは、そうは見えないかもしれないけど、俺も一応先生の仕事やってるからね。こういう時はしつこいよ?…ええっ、それは無いって、24歳。嘘じゃないってば。ははっ、もう…そんなに頼りないかなあ俺。
う、まあ…確かに学生にも偶にタメ口きかれるけど。
た、偶にだよ。いつもじゃないよ。本当だよ。
くそ〜…マジか…。髭かオールバックでもやってみようかな。ええ、そんなに笑うことないじゃん…。
…ちょっとは気が晴れた?
おっし、俺も帰るかな。家はどの辺?じゃあ途中までは一緒だね。いやいやだから、方向一緒なんだから、離れたって意味ないでしょ。ついでだよついで。
ええ、なんだよそれ。いや、言っておくけど俺そんなにチャラくないからね。ほーんと、超一途。絶対一人だけ。ええー…なんで笑うのかな…。
いいよいいよ。奢られとけ。いいから。その代わり、君が大人になった時に困った子供に奢ってあげればいいんだ。そうやって返された方が俺も楽しい。
はははそうだろう。まあ、「悔しいけど」は一言余計かな。
よし、この辺までで良いかな。じゃあね。
………。いやあ…俺みたいになるのはお勧めしないよ。本当に。もうちょっとすれば分かるよ。大学?○○○ってとこ。聞いたことあるかな。家で調べてみるといいよ。
じゃあね、見つかるといいね。いえいえ、どういたしまして。
「…本当に、どういたしまして」
男は少年が見えなくなるまで見送って、背を向けて携帯を取り出す。男は携帯の指紋認証について未だに不安を覚えているが、彼女がそうしろとあまりに強く言うので折れている。指ごと盗難されたら終わりじゃないのか。彼女はそれは無いと言うけれど。接近戦ならともかく、遠くから狙われたら完全に終わる気がする。
そして、画面が無事に起動する。
わざわざ電話のアプリなんて起動しない。ホームボタンを2回押下、よく連絡する相手はそれだけで通話を呼び出すことが出来る。買った当初はそんな機能は無かったのだが、彼女がパソコンと繋いで何か色々している内に出来るようになった。かなり重宝している。
3コールもしない内に彼女は応答した。
「重なりあった状態の片方が見つかったよ。煙草の匂いについてどうして店員に漏らしていたのかな?」
『私は何も言っていませんよ。それに、あなたが出かける前に匂いを付けて来るからです』
「してたかな」
『毎日してますよ。無意識ですか?だったらそちらはパブロフですね』
「さあどうだか」
男はそのまま少年が消えた方向と反対に歩き出す。帰り道は最初から反対方向だった。
『子供ですか』
「来年中学生だってさ。流石に気が引けるよ」
『よく言いますよ…。自宅は?』
「途中までは。初対面で家の目の前まで行くのは幾ら何でも不自然だよね」
『十分です』
それから、男は少年のことを掻い摘んで話した。傍から見たら、それは久しぶりに会った年下の従兄弟についてのように見えたかもしれない。或いは、家庭教師の生徒など。
『鍵っ子の子供ですか』
「しかも親は放任」
『…何もしませんからね?』
男は電車に乗ろうとする。電話は切り、テキストベースに切り替えた。
〈意外だなあ〉
〈面倒なことにならない?〉
《なりませんね》
〈何故?〉
《あなたが言った山って危ないんですよね》
〈と言うと?〉
《宝探しが流行っているんです》
〈?〉
〈あ、〉
〈あー分かった〉
《多分勘違いされると思うので》
〈うん〉
《放置で十分かと》
〈了解〉
〈あと15分位で帰るから〉
《はい》
内容としてはギリギリだ、と男は思う。以前、今流行りのものは何だってそうですと彼女は断言していた。わざわざ見ることはしないけれど、必ずバックアップを取るらしい。犯罪絡みも多いから、警察に開示要求をされた時は情報提供の一貫として提供するというのだ。
細かい話は家に着いてからでいいか、と男は少し目を閉じた。あっという間に懐柔した可哀想な少年の笑みが網膜に浮かんでいた。