(肉と女子力篇)
「…太った?」
自分としては下心も打算も無く単に思った事をそのまま口に出しただけのつもりだったのだが、言われた側はそうは受け取らなかったらしい。
むっとした彼女は二人掛けのソファから腰を上げようとしたので、慌てて宥め賺して座らせる。
『体重は変わってないんですが』
引き続きむすっとする彼女――エマの、横顔から見る頬頬が妙にふっくらしているように見えたのだ。
「今何か食べてる?」
『食べてませんけど』
駄目だ。機嫌を損ねてしまった。
口で言うより早いかなと思って「いや、だってここ」と言いながらエマの頬を指で突いた。
…ぷに
その時俺に走った衝撃は、初めて低反発クッションの開発に成功した研究者のそれと近いかもしれない。
「うお…おおお…」
ぷにぷに。
仏頂面のエマと頬の柔らかさのギャップが凄まじい。
否、でも、こんなの気付く筈が無い。こんなつんと澄ました華奢な体にこんなぷにぷにが付いていたなんて。でも今まで気付けなかったのが滅茶苦茶悔しい。
ちょっと感動して体勢を変え、向き合う格好になって両手で触ってみる。指先に肌が吸い付く。ぷにぷに。軽く左右に引っ張ってみると…よく伸びる。
部屋はさっきまで入れていた冷房で乾燥気味の筈なのに、エマの頬はまるでたった今スキンケアしましたと言わんばかりにしっとりしていた。
そんな俺の感動はエマのきっちり90°の手刀によってあっさりと終焉を迎えた。
『流石にデリカシー無さ過ぎですっ』
首が痛い。珍しく声を荒げるエマは自身の両頬を抑えて逃げた。そのまま帰って来なくなると困るので追いかけようとしたら、意外にもあっさりと戻って来た。手に何か持っている。
『そんなにこの感触が好きなら自分の肌で作ってください』
ずいと目の前に突き付けられたそれは、今まで彼女が使っていた化粧水とはメーカーが違う物だった。
『最近買ったんです』
知らなかった。妙にふっくらして見えたのは単に肌の水分量が豊富になったからだったらしい。
ただ、知ったところで実行する気などさらさら無い。エマの頬がぷにぷにしていることが重要なのであって、ただぷにぷにしている物が触りたい訳ではないのだから。
ということで再び両手を伸ばした訳だけど、今度ばかりはするりと逃げられた。
後日お詫びにそのメーカーの他のスキンケア商品を買わされる羽目になり、夏のボーナスがお星さまと化したのはまた別の話。