リトル・シット

(和秋パイセン誕生日SS)



 何で早く言ってくれなかったんすかあ!と情けない悲鳴が響く。勿論こうなる事が分かり切っていたからである。

 今日は自分の誕生日だ。
 と言っても、二十歳を超えて以降の誕生日などそう人に喧伝するものでもない。知っているのは同級生とサークル仲間くらいで、いずれも自分に等しく大人しい質の連中ばかりだから、挨拶代わりに一言祝われておしまいだった。毎年そうしてきたのでうっかり油断したのだ。目の前の派手な綿飴のような男の事を忘れていた。
 今からじゃ飲み屋くらいしか予約が取れない!とこの世の終わりみたいな顔をしている綿飴は今年の新入生で、名前を横瀬綾という。
「別に何も要らねえよ。気持ちだけ貰っておくから」
「俺の気持ちが気持ちだけで済む訳無いじゃないすか!」
 一々声がでかい。
 ざわめく食堂は今日もごった返している。一人くらいが大声を上げたくらいでどうという事は無いが、それでも近くにいる人間はこちらを見る。勘弁して欲しい。
 喧しいという意味を含めて片手で綾の頬を潰した。この位なら外で触っても大丈夫だろう。
 暫くそうやっていると大人しくなったので解放してやった。
「だって、誕生日っすよ…?」
「うん」
「祝うっしょ…」
「うん」
「友達も呼んで」
「ううん」
「何でっすかあ!」
 本当に事前に言わなくて正解だった。このお祭り男なら何人呼んでもおかしくない。想像してぞっとする。
「祝おうとする気持ちは素直にありがたい」
「それじゃあ」
「でも人は呼ぶな」
 小学生じゃあるまいし、自分の誕生日に人を呼んで素直に楽しめる無邪気さとはもう無縁の年齢だ。どうしても恥が勝ってしまう。
 だが綾の場合は幾つになっても沢山の人に囲まれてはしゃぎそうな気がしないでもない。やはり元住んでいた世界が違うのだと実感する。
 綾が納得する気配はない。でも、だって、とむくれて、言い訳のように呟いた。
「初めてじゃん…」
「………。」
 全国津々浦々の女子の皆様はご存知だろうか。
 男は「初めて」という言葉に非常に弱い生き物である。

 そのまま少し顔を俯かせて、目線だけでこちら見てくるのだ。分かってやっているに決まっている。厭なガキだ。クソガキ。可愛い。
「わーったよ…今日の夜酒持って俺の部屋集合な」
 ぱっと上げた顔は嬉しさ一杯の笑み、ではなく、案の定のしたり顔だった。